自らに科している施行:整体に於ける波動砲 を行ってる時に同時に思ったのですが・・
指先の力点はそこにして非ず!!
頭で思考し、背骨を通って丹田へと行き着き、そこから肩を通って、肘を伝い、
指先の力点へと至る!! \(-o-)/
点では無く 線としての → 流動的な流れの中での~ ”流体力学”へと行き着いたんです!
そこで、アルキメデスの登場です!!
先のピタゴラスであり、後のパスカルです \(-o-)/
そこでここでは、”丹田” に当たる アルキメデスのモノの考え方について・・✑
・・とその前に、2~3日前に完成したセッティング=テトラポット・スタイル っていうリード削り方法がそこには在りまして・・
これがまた、見事な程に?! ”同じ” なんです!!
でも、よく考えて視たら、ベースのそれと 同じだっただけなんですけどね・・(^^ゞ
クラリネットってのは 指使いが難しく、しかも サックスと違って 穴を直接塞いだりの作業を要する訳でして・・
これまで、どれだけ この指使いに関して時間を掛けて来た事か・・(>_<)
でも、これもよく考えて視たら、体を使って!
ではなく、ホントに読んで字の如く?!
「小手先」での作業に没頭してた・・って訳なんです "(-""-)"
まぁ、私にとっては 体を動かして演奏できるように為るために、指使いを覚える作業をして来た!! って事なんですけどね (^^ゞ
そこで、”前提” の再設定だったんです!!
体を使って~ ってのを前提にした セッティングがそれだったって訳なんです(^^♪
それを形で表したのが、テトラポット・リードだったんです。
まぁ、意固地なまでの指使い練習、ってのも過程に含まれて居ますから、
あながち無駄だったとは思いませんけど・・
その景色とは・・
指先を点で捉えずに 流動的な線で捉えるには、”腕を使って” ってのがミソになります!!
そう言えば、ベースの時も 肘を使って! ってのがポイントであった様に・・
そうすると、ホント! 自然に体が動くようになってきたんです (^^♪
言って置きますけど、横揺れしかしない原因→楽しく(楽しそ~に)演奏する為に、
体を揺すって・動かして・・ってのとは、全く前提が違います!! (-_-メ)
あくまでも、 自然に:みずからしかり ってのが 形と現れて出て来る形 ってのが大事なんです!! <(`^´)>
過程での仮定ってのが大事だって事です。
これにより、今まで出来なかったフレーズも 出来なかった事が、指先だけでは無く、体全体にフィードバックされる形に為り、自然と出来る様になったんですね~ \(^o^)/
但し、諸所に於ける対処法ってのは ヒミツ・・ですけどね・・ (^^ゞ
そんなわけで、アルキメデスです。。
{ アルキメデスは、現代で言う積分法と同じ手法で無限小を利用していた。背理法を用いる彼の証明では、解が存在するある範囲を限定することで任意の精度で解を得ることができた。これは取り尽くし法の名で知らる。 }
円についての考え方では、
{ ひとつの円に対し辺が接しながらそれをくるみ入れる大きな多角形と、円の中で頂点が触れながらすっぽり収まる小さな多角形を想定した。この2つの多角形は辺の数を増やせば増やす程、円そのものに近似してゆく。アルキメデスは96角形を用いて円周率を試算し、ふたつの多角形からこれは31⁄7(約3.1429)と310⁄71(約3.1408)の間にあるという結果を得た。 }
これらはあくまでも、彼の言をコピーしただけの・・前項でも述べた ”死んだ会話” であって、(前項に述べましたが、ソクラテスの言を借りて・・)
それを、”生きている言葉”にするには、
「彼が言ってる言葉に興味を持つのではなく、彼がその言葉を使って ”何を言おうとしてるのか?!”」
という 対話に為って無いとダメなんだと思うんですね・・ ( `ー´)ノ
また、アルキメデスが ゼロの対極にある無限集合の概念に、到達していたらしいという新しい資料が発見されているらしく、
これがまた 興味深いモノなんです!
1であるが為の0 であり、2であるが為の1 という、数字に対する:設定としての考え方です。
そうして設定されたモノの上にある”集合体”ってのを構築したんです。
部分集合であり、包括集合ってやつです。
どこに属してるのか?
どこと、どれくらい被ってるのか?
逆手に取れば?! →見方を変えれば、 サマージャンボ宝くじです。
本数字:数ケタの数字が当たってても、”組番号”が違えば、1等賞ではありませんからね・・
本数字ってのが 組番号に属してる!! って モノの例えです (^^ゞ
属していると言えば・・
「万物の尺度は人間である」という、プロタゴラス→プラトン→カント という過程の中に、アルキメデスも しっかりと居た!! って事です \(-o-)/
これが ”相対主義” であって、その後 哲学(モノの考え方)に応用され、
また、その過程に於いて、代数幾何学 → 微分積分法(アルキメデスも大いに関わった)→解析幾何学(デカルト)→ ・・学
の活用が そこには含まれて居るが故に・・ 必要となって表れた・・って寸法になるんです。。
数字ってのは それだけ多くのモノが含まれている・・結果だってことを・・
大前提にして考えないと 訓読みするのは難しいんです!!
アルキメデスですら ”円” に対して、これだけの事を考え、
考える事を科し続けた結果の・・ですからね \(-o-)/
アルキメデスより賢くない私なんぞは・・尚の事です!! "(-""-)"
ですから、言語というモノを表面上だけ取ってしまうと・・
ソクラテスの言うように 「死んだ会話」にしかならない・・って寸法に・・
→ ”対話” が成立しない!! って寸法になってしまう!! って寸法です。。
寸法っていう 寸法・自体に 寸法が含まれている・・
って寸法です。
その解を求める為に その寸法を ”私が” 決める!! ってのが大事なんです <(`^´)>
これが 相対主義の正体であり、それを以て、絶対主義へと変換可能な?!
芸術事の ”極” の正体なんです!! (^^♪
何故なら、自然界の一部でもあり、
その自然界に包括されている人間の営み ってのはまた、
自然界に・・へと、フィードバックしますから・・
みずからしかり・・ が自然な場へとフィードバックする姿!!
これが ”世清” なんです!! 私が求めるべき”姿”です (^^♪
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